NICK JPがとらえた吉原の街並み

「ここは時代に取り残されたシャッター街だ」「今この街面白いよね、アツいよね! 」ー 相反する評価が不思議と共存して久しい、ここ吉原商店街。関わり方と視点によってこれほど表情が異なってうつる街も稀有だろう。

そんな両義的な特性をみごとにとらえた、あるミュージックビデオが今春完成した。映像制作を手掛けたのは吉原ファンを自負する映像ディレクターのNICK JP。制作秘話をとおして街の魅力の源に迫った。

 

人のつながりから実現したロケ


ー 今回、静岡県を拠点に活動しているラッパーM.O.J.Iの楽曲「Sorry Snowy (feat. SHEEF THE 3RD)」のMVディレクション・編集を担当されています。吉原で撮影することになった経緯は?


僕は以前からDJとしても活動していて、M.O.J.Iさんは浜松のイベントで出会ってから音楽仲間のよき先輩としてお世話になってる方です。僕が吉原で主催してたイベントにも出演してもらったことがあったりして、M.O.J.Iさん自身も吉原には何度も足を運んでる人です。

M.O.J.Iさんからは最初「この曲のMVを、ちょうど富士に用事があるからその辺りで撮ってほしい」と話をもらいました。失恋が題材になってるこの曲を聴いた時、どことなく趣や哀愁漂う感じがあった。そのイメージに合うなら富士の中でも吉原だな!と。ちょうど「UPTOWN SHOPBAR」でM.O.J.Iさんと飲みながら撮影場所をどうしようか話してたら、店主のTOMさんがご両親が営業されてる階下の「バー クーペ」を紹介してくれたんです。

バークーペ店内で撮影したシーン。夜営業のみのため、貴重な日中の光が差し込む風景も見ることができる

ー 「クーペ」は1957年創業、富士地区では「カフェ」をうたう最古のお店だそうで、正真正銘のレトロですね。

お店にあるジュークボックスもめちゃくちゃいいですよね。飛び道具があるじゃないかと(笑)まずここは絶対撮影すると決めました。そのタイミングで、この辺りのことをよく知ってる「Bird old pizza house」の店主イッペイさんもお店に来たので、そこから「唐揚げ十四番」の店主で物件をすごく色々知ってる(*編集注1)鈴木さんに翌日繋げてもらって、その日にもう時間をかけて吉原の色んなところへロケハン(撮影場所を探す)させてもらいました。


*編集注1:鈴木氏は富士山まちづくり株式会社の代表として物件仲介や調査・コンサル等にも従事しており、まちなかの空き物件やオーナーの情報に厚い。

ー 展開が早い!そして人がどんどんつながっていく。

普段は足を踏み入れることのない空き物件の中を見たり、いつも見てる建物を新鮮な角度から見ることができて、いい場所をたくさん知ることができました。

鈴木氏に紹介してもらったという空き家の一つで撮影したシーン

映像映えする天然レトロ


ー では、MVを見ながらお話していきましょう。まず全体的に色合いがとても洗練されています。


この曲はフィーチャリングアーティストとしてSHEEF THE 3RDさんも参加してるので、二人を対比で見せるために寒色系と暖色系を使い分けてます。哀愁を演出するために明るさのことも気をつかってます。

あと吉原ってアーケードの照明やお店の中もそうなんですけど、なんかうっすらで、ちょろちょろあるんですよ。

ー うっすらちょろちょろ??


例えば最近のショッピングモールみたいに、LEDの白めの強い照明が途切れないで連なってるところだと映像の絵面的には良くないんです。あれ、個人的にも落ち着かなくて。暖色がかったスポットライトが転々としてるほうが空間的な奥行きが出て映像がよく見えるし、実際目にしても落ち着ける。吉原はそのあたりがちょうどいいなって。

ー 照明のはなしは、チェーン店が圧倒的に少なくて平成以前に作られた個人店も多く残ってるというのが関係してる気がしていて、そういう街の特徴もこの映像はよく捉えています。狙ってできるレトロじゃないし、「残ってる」ことの貴重さも垣間見えます。

確かにシャッター街の印象が強い場所もあるけど、昔からの洋服屋とかおもちゃ屋とかもちゃんと残ってて、歩いてるだけでも充実感あるじゃないですか。看板にもひらがなやカタカナ、店主の苗字が入ってることが多い。そういうのも意識的に入れながら渋さ、レトロさを演出してます。

ー 人の顔が思い浮かぶあたたかみがありますね。光の話つながりだと、このピンポイントで太陽光が入ってるカットがすごい。

「Bird」が入ってるマルイチビルの3階から4階にあがる階段で撮ってます。ちょうどロケハンの時もここだけ陽の光が入ってきたので、太陽光の角度や軌跡を調べるアプリも使いながらシルエットが逆光で浮かび上がる位置と撮影時間を決めました。

ー 撮影はナマモノ。これを逃すまじという気概を感じます。

「まとまってなさ」が魅力

ー 次にバルコニーのシーン。「ほんいちパーキング」の裏側を眺める位置にあるアパートでの撮影ですが、なんとも独特な風景ですね。

個人的に吉原を写真撮影してまわった時も、裏側にいい建物がいっぱいあるって思ってたんですよ。そういえば東南アジアが好きです。たとえば豪華な宮殿の横にちょっと腐敗しちゃってるようなボロボロの建物があったりとか、まとまってない感じがいい。吉原にもそういう「まとまってない」魅力がある気がします。

ー 確かに旅しに来た人が「東南アジアっぽい」と言うのはよく聞きます。このチグハグというかバラバラ感、吉原にしかない光景なような。

(取材を横で聞いてた「UPTOWN」TOM氏)隣の建物との隙間がなかったり、めっちゃ近いのに色や高さも違って、なんならジャンプしながら隣に行けちゃいそうな感じするよね。

ですよね!吉原でパルクール流行らせたらめちゃくちゃバズるんじゃないですか?(笑)

(TOM)パルクールおすすめだね!

ー 後半で象徴的に映るのがマルイチビルです。

吉原って建物が連なってるのに、ここだけポコっと孤立しているのが面白い。それがよく伝わるアングルが向かいにある建設中(2024年5月現在)のホテルの上階、しかも望遠レンズを使うことで強調してます。紫のライトは今回の撮影用に入れたものです。基本的に映像は細かく計算して撮影するのですがここは特にですね。

ー 個人的な話ですが、マルイチビル4階のシェアオフィスで仕事をしていた時期があったので、ずっと置いてあるこのドライフラワーが特別出演してるのが嬉しいです(笑)

このちょっと枯れた感じも、歌詞の世界観や吉原の街に漂ってる雰囲気とリンクしてると思って入れました。

残ってるものを責任を持って伝えたい


ー 改めて細かい解説を交えてこの映像を見ると素晴らしいです。もし吉原で「自由に作品作っていいよ」って言われたら、どうしますか?


実はちょっと考えてます。映像の仕事で望遠や広角などいろんな種類のレンズを扱ってると、普段街を歩いていても「そのレンズ越しに見た世界」がイメージできるようになるんですね。肉眼で捉えるのとは違う魅力的な街の風景があるってことを、カメラマンだからこそ多くの方に知ってもらいたい。そうやって吉原の良いところを発見する機会を作れたら。やっぱり「知ってる人だけが知ってる」というのはもったいないと思うので。

ー 東京でたとえるなら、下北沢とか高円寺って街の名前を聞いて、すぐにそれぞれの街のカルチャー、アイデンテティが浮かぶ場所があるじゃないですか。吉原もきっとそういう感じだと思うんです。

今シモキタもだいぶ変わっちゃいましたよね。シモキタじゃない(笑)レトロ好きで観光する方もいると思うし、街を"盛り上げよう"と新しい商業施設ばかり作るんじゃなくて、昔からあるものを「いいもの」として残して、責任持ってたくさん伝えていけたら良いですよね。


楽曲情報

M.O.J.I - Sorry Snowy (feat. SHEEF THE 3RD)

ともに1985産、静岡県を盛り上げ続けるラッパーM.O.J.I.が神奈川県藤沢市を拠点に活動する説明不要なホッツなラッパーSHEEF THE 3RD (BLAHRMY / DLiP RECORDS)を迎えて初のコラボレーション。

誰にも一度は経験のある人肌恋しい冬の切ない気持ちと、過ぎ去っていく一夜限りの情痴。失くなれば欲しくなるアレのよう。至極のダブルミーニングチューン。

https://linkco.re/Zm1DMu38?lang=ja 

NICK JP/西尾匠未 プロフィール

1991年生まれ。静岡県出身、富士東高校、専修大学卒。18歳から東京でDJ活動を始め、31歳から本職である消防士を辞め、主にミュージックビデオのディレクターとして活動している。自身のレコーディングスタジオを持ち、音楽のプロデュースも手掛けている。

制作したMV一覧(Youtubeプレイリスト)
Instagram @nickjp_flex

 

取材&文:YCCC / 画像提供:NICK JP


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