[特集] 津田製紐株式会社

 

「村上製本×津田製紐〈富士産ひも〉でノートを作るワークショップ」開催に先立ち、富士市の製紐(せいちゅう)産業、そして津田製紐のものづくりをご紹介します。

富士市伝法にある津田製紐株式会社で工場の様子や歴史をご案内いただいた内容をに加え、同社商品の染色を多く手掛ける富士市吉原の「東海染工株式会社」普代由紀さんにもお話を伺い、富士市の製紐産業の一端を探りました。

編集/執筆:瀧瀬彩恵
取材協力:津田製紐株式会社・東海染工株式会社
写真:杉山スタジオ(記載以外)

富士の隠れた地場産業

富士産紐のはじまりは明治後期〜大正初期に遡る。ランプの芯紐の製造需要を受け製紐産業が伸び出した頃、現在も吉原4丁目にて工場を営む「株式会社猪目製紐工場」が市内で最初に創業。そこで修行した職人らが次々と独立していく動きも相まって、産業が最も盛んだった1950-60年代には小中規模の町工場が富士市内(当時)だけでも20-30社(うち猪目製紐出身者による工場は10社余といわれる)存在していた。60年代には富士産紐が全国シェアの約7割のシェアを誇っていたというから相当な状況である。

津田さんの祖父もまさに猪目製紐から独立したひとりで、1956年に創業したのが「津田製紐株式会社」だ。現在、3代目として代表取締役を務める津田大樹氏、副社長を務める津田亮氏はともに2014年に就任した。

左から津田大樹さん、津田亮さん

上記のとおり産業史の具体的な数字について触れる際、現在製紐に従事する方が「おおよそ・・・と聞いています」と断定しない表現になるのには、ある理由がある。

1990年代に入ってからのバブル崩壊、さらに阪神淡路大震災をきっかけに、富士産紐の主な納品先となっていた関西の繊維工場が続々閉業に追い込まれた。アジア諸国への仕事の流失も重なった影響で、富士市内の製紐工場も2000年代前半までに次々と廃業していき、かつ町工場を束ねていた市の製紐組合も需要減少を理由に2010年代前半に解散。代替わりなども経た現在、正確な産業史や一般に公開されている記録・記述が存在せず、現在の関係者にすら把握は難しいのだそうだ。東海染工の晋代さんはこう話す。

 

「商工会活動をされている方に、『富士の製紐が有名なこと知ってる?』と聞いても、知らないかピンとこないという方が多いんですよ。今、富士は『製紙の街』だからあまりクローズアップされないのかもしれません。大手会社というより中小規模の工場、従業員が10人ちょっとのところが多く(市の産業全体で言えば)携わってる人も少ないですから。」

 

定量的な基準を下せば、確かに製紐産業は割合としては小さな存在かもしれない。しかし中小規模だからこそ「人の五感をフル活用してこだわれる」ものづくりがここにはある。

 

効率化・大量生産を逆行する誠実さ

現在、富士市で製紐に携わる工場数は最盛期の3分の1。主にコスト上の理由から製造委託がどんどん海外に流出していくなか、津田製紐がこだわるのは綿をはじめとする「天然素材」そして「自社一貫製造の蝋引き加工」だ。

 

「海外ではコストを安く抑えられるという理由から化学繊維でできた紐が多く生産されています。いっぽう、綿はコストもかかるし、品質維持にも気をつかいます。だからこそクオリティで勝負できる素材なので、基本的に天然素材の組紐にこだわっています。
蝋引きに関しては、意外に製紐と同じ場所で手がけている工場がないんですね。富士市内でも蝋引きのみを手がけている工場さんはありますが、製紐から一貫製造している私たちだからできるものづくりをやっています。」(津田大樹さん)

 

「津田製紐だからできるものづくり」とは何か。続く章では実際の工場での製造工程も追いながら詳しく紹介する。

どの工程も重要なため、津田さん曰く、「職人同士のハイレベルのリレー」によって完成するのが、津田製紐の商品だ。すべての工程で一貫しているのは、気温や湿度といった天候の変化に応じて機械と手作業の微細なバランスを調整しているという点。綿素材は天候の影響を受けてハリ具合などが変化する特性を持つため、機械である程度均一でスピーディな作業を進めながらも、傍らで職人の五感をフル活用した仕事ぶりも不可欠だ。

 

製紐の現場

管巻き

写真左側の白い「チーズ巻き」の綿糸から、水色とピンクの管状の「ボビン」へ自動的に糸が巻かれていく。原糸を2~4本とさまざまに合わせることで、紐の厚みや仕上がりに違いを出すことができる。

製紐

綿糸を巻いたボビンを、工場の約半分の面積を占めるように多数並ぶ製紐機にかけていく。「糸」が「紐」になる要の工程だ。筒状の「丸紐」、平らな「平紐」といった基本形のほか、三つ編みの変化形のような組紐、異なる組紐同士をさらに編み込んでいく特殊なものまで多種多様な紐がそこかしこに並ぶ。糸が勢いよく流れ出るように回転していく最中も、不良を見つけるために職人が紐の織り上がりに神経を注いでいる。

撮影:吉原中央カルチャーセンター

特殊な編み方をする組紐は、通常の製紐機とは異なる機械を用いて、設置された金属棒に組紐を添わせて撚り合わせていくように作る。金属棒の角度や高さが少しでもずれると組紐の形が変わってしまうため、繊細な作業になる。

写真のように密度の低い特殊な編み方もあるが、基本的に津田製紐の大きな特徴は「時間をかけて組目の密度を高くすること」。使用する糸の量や完成にかかる時間も平均より多いため、当然効率から遠のきコストもかかる。海外製の紐は効率的な大量生産を優先して「速く、ゆるく」がスタンダードになっており、日本国内で見ても津田製紐ほどの組目の密度の高さは珍しいのだそう。しかしこのこだわりが、確実に長期的な使用に耐えうる品質につながっている。

このあとは、紐を種類ごとの長さで輪状に巻く「綛巻き」作業を経て、必要なものは「染色」の工程に進む。

染色

津田製紐の工場からほど近い、吉原商店街の端に位置する東海染工株式会社は1923年創業の歴史ある工場で、津田製紐とも創業当初からの付き合いがある。ここで紐の染色が多く手掛けられている。

鮮やかな発色は水質に恵まれた富士山の伏流水を用いてこそ実現するもの。通常、染めムラ回避するため布や紐は製品形態になる前、糸の段階で「先染め」を実施するのが一般的だ。しかし東海染工は後染めを立体的な組紐にも施す珍しい工場である。曰く、製紐工場は先染めをしない組紐の状態で在庫を持つほうが効率が良いからなのだそう。

 

東海染工の工場内でとめどなく湧き出る富士山の伏流水(撮影:吉原中央カルチャーセンター)

 

特に蝋引き加工された紐は後染めのほうが美しい発色になるため、地場の連携ゆえのクオリティがここで生まれているともいえる。

蝋引き

実際に蝋引き加工が施された紐を手に取ると、その均一でムラのない仕上がりが手作業によるものである事実にまず驚く。自動回転するブラシに固形の蝋を手作業で均一に塗り付け、その手前に垂らした組紐にブラシが何度も触れることで蝋が塗り重ねられていく仕組みだ。固形の蝋は、よほどの経験がなければそう均一にブラシに塗り付けられるものではなさそうだ。津田さんは蝋を塗りつける調子を音や振動など身体感覚を研ぎ澄ませて感じ取り、作業を進めていく。

実に1,500回以上も繰り返し蝋を塗り重ねることで、紐の内部にまで蝋が染み込み、表面にも独特の艶 ー華美に照りすぎず、かといって光沢を失うわけでもない、絶妙に「穏やかな気品」ー が生まれる。芯がありながらも肌触りはやわらかい。もとの紐に不備があると蝋の乗り方にもムラができるため、「ハイレベルなリレー」の後半戦にふさわしい仕事がここに集約してくる。

今回のワークショップでは、試作サンプルと、あいにく品質チェックを通過しなかった蝋引き加工紐2種の計3種を使用する。蝋引き加工紐は一見「ふつうに売られていそう」なもので、なんら不備があるように見えない。しかし品質チェックを通過しなかった理由を津田さんに伺うと、「天候の変化に対してうまく調整できなかったことから、細かな毛羽立ちと色ムラが見られる」と話す。

撮影:吉原中央カルチャーセンター

「言われてみると確かにそうだ」と納得するものと思い再度紐を凝視したものの、毛羽立ちと色ムラの度合いが素人目にはわからず、津田さんが日々ものづくりに注いでいる鋭敏な感覚を逆説的に知ることになった。

妥協をせずに品質をかたちにすることを信じてきた結果、津田製紐のひもは根強い支持を受け、誰もが耳にしたこともあるような大手メーカーの商品にも使用されている。

この後に続く、靴紐の先端部のセルチップ(こちらも富士市産を使用)を付け、紐の長さを決めてカットする作業もすべて機械だけでなく職人の手作業を加えて仕上げられていく。

自社で一貫製造を手掛けるから実現できる生産体制。そして機械頼みに終始せず、目視確認や音の聞き分け、工場の気温や湿度を感じ取るといった身体感覚・経験も含めた職人技術が高い品質につながり、これらが総結集して「津田製紐だからできるものづくり」が成立している。


津田製紐株式会社

1956年創業。富士市伝法を拠点に組紐製造および販売、靴紐加工、服飾関係素材の製造に従事する。組紐から蝋引き加工まで自社で一貫製造を手掛ける珍しい工場であり、特に蝋引き加工の品質、美しい艶には定評がある。
現在は兄弟である津田大樹氏・亮氏がともに3代目として会社の代表を務める。2018年より自社ブランド「T.S.BRAND」にてデザイン性の高いプロダクトを展開。
https://ts-brand.co.jp/

東海染工株式会社

1923年、初代 普代浅吉が創業。富士山からの豊富な地下水と温暖な気候を一助として染色業に励む。繊維染色・加工、帽材の染色・型入れ・プレス加工のほか、近年は富士に残るかぐや姫伝説にちなみ竹の染色にも挑戦している。
https://tokai-senko.jimdofree.com/


[11/27開催]村上製本×津田製紐〈富士産ひも〉でノートをつくろう
ワークショップ 開催概要

日時:11月27日(日) 12:45開場 / 13:00 開始 / 16:00 終了

会場:ペンネ・ジューク マルウチ(富士市吉原3-4-5)2Fカフェスペース

定員:15名 参加費:4500円(材料費込)

対象年齢:3歳〜おとな

講師:村上亜沙美(村上製本)

素材レクチャー:津田大樹(津田製紐株式会社)

制作するノートの種類:「みつめ綴じ」「和綴じ」の2種

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